September 28, 2004

音速の貴公子、現る

「冥土の土産~」の常連さんにはお馴染み、あたくしの友人M。どこで嗅ぎ付けてきやがったんだか、あたくしが友人Mの一族郎党の話題を晒したりしていることが、ばれちまった。なもんで、あたくしも赤っ恥をかきやがれ、と(とっくのとうに、ずいぶんとまぁ赤っ恥な気がしちゃいるんですがね)。今日は、中村敦夫似のこの友人Mに「お前、そんなことしてたのかよ!」と呆れ返られちまった話題をご提供。


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中村敦夫

あれはあたくしが新成人おめでとう!なんて言われてた頃のおはなし。もちろん、酒をかっ食らって近所の大田体育館で暴れちまった上に、成人式をぶち壊すなんてこたぁしてない。当時は、「大学にはいりゃぁ、誰でも自動的に原秀則のマンガみてぇなアッツアツでちょっぴり切ねぇ恋愛が待ってるんじゃねぇか?どうするよ、おい?ぐひひ。」という妄信が、脆くも崩れ去ったころ。あたくしはと言えば、原秀則のマンガに出てくるセミロングの可愛い彼女とコタツでぬくぬくとしゃれ込むはずだったんでやんすが、現実ってぇのはなかなかどうして難しい。吉田戦車のマンガ『伝染るんです』レギュラーの、「カブト虫の斉藤」に酷似した妹と、コタツで放屁などなすっていたという寸法。ホントだったらよ。可愛い彼女の部屋でコタツに入ったりしててよ。「ねぇ、ちょっと暑いからコタツの温度下げてよー」なんて言われて布団に顔突っ込んでみりゃぁ、パンチラにご対面ってなドキドキワクワクえぶりでぃのはずだったのによ。
 で、あたくしと妹はなーんにもやることがねぇってんで、スーパーファミコンにご執心でやんした。おかぁちゃん連中が「1日1時間よ!」なんて言うであろう世相をカンガミルこともなく、毎晩2~3時間のプレイタイム。目指すは高橋名人か毛利名人かってな具合。


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高橋名人。チビッ子のヒーロー。今はすっかりハゲちゃって、スキンヘッドになっちまった。
それにしても、ボタン連射の勢いでスイカが割れると言うこの設定。すごすぎる。


そんなこんなで、「ゲーム君とゲームさん」なんてご近所じゃぁ後ろ指さされてたあたくしたち兄妹が一番熱中したのは、スーパーマリオカートってぇシロモノ。ゴーカートのレースに、ちょいとしたパワーアップやらお邪魔系アイテムというギミックを入れたものだったんでやんすが、これがなかなかオモロイ。シンプルなだけに随分とはまったもんでやんす。

ある日、ちょいと単車(あたくしの愛馬、Yamaha SR400)に錆を発見。地元の大型玩具店に、ボディ同色の塗料を買いに出かけた夏の午後。おもちゃ屋の奥に特設コーナーが設置され、なにやら大賑わいでやんす。
ちょいとばかし顔を覗かせてみると、そこには「マリオカート大会」なるポップ文字を発見。間もなくの開催だってんでもって、エントリー受付中だとか。日ごろから「小学生は、ともかくゲームが上手いんだぜ」という風評を耳にしておりやしたから、最近のガキどものレベルってものを見てやろうかと。遠巻きにちょいと大きめの画面を見ていると、なるほど、上手い。下はホントに小学生か?ってなナリのガキんちょから、大きさだけは大人並みってな中学生までで賑わう店内。操作をミスしたガキんちょの側で「あーぁ」なんて言ったもんだから大変。ガキんちょは男の誇りを傷つけられたとばかりに

ガキんちょA: 「そんなこと言うんだったら、自分でやってみろよ!おっさん!」

おっさん?ふっ。なぁに言ってやがんでぇ。ついこないだ成人したばかりのあたく...

ガキんちょB: 「そうだよ!おっさん!できもしねぇくせによぅ!」

あたくし:「ぶち殺すぞ。コラ!」

ってな具合の、わたせせいぞうもビックリの軽妙かつスタイリッシュな流れでガキんちょと対戦することになったあたくし。でもまぁ、そこは相手もガキんちょ。あたくしはスピードが上がったり、先行車を攻撃したりするアイテムを「敢えてひとつも取らず」にかる~く勝利。悔しがるガキんちょのトモダチと思しき、これまた別のガキんちょBが「俺にやらせろ!」とばかりにコントローラーを奪いとっては、ウィナーのあたくしに挑みやす。今度は、ノン・アイテムで周回差をつけての勝利ときたもんだ。このガキ、さっきはあたくしをオッサン呼ばわりした、あたくしの中の虐待リスト上位入賞の輩。周回を開いて抜き去る時に「おうぅぅっと、ごめんよ。」なんておどけた声で子どもの脳みそを怒りでスパークさせてみたり。
勝った。負けた。
これ以上ないというシンプルな関係の中で、ガキんちょの中から少しずつ、あたくしに対する尊敬と畏怖の念が生まれなすった。あたくしもガキんちょ相手に一生懸命ゲームしてるってのもカックワルイし、そろそろ帰るかなって時にガキんちょが聞いてきます。

ガキんちょC: 「ねぇねぇ。おじさん、名前なんてぇの?」
あたくし:  「(お前はトニー谷かってんだよ。オマケにおじさんだぁ?コラ!)...。」
ガキんちょC: 「ねぇねぇ。おじさん、名前だよ、名前?」
あたくし:  「そんなん、聞いてどうすんだよ。言いたかねぇよ。ばぁか。」 
ガキんちょC: 「ええ~。だって、おじさん、すんげぇ早いんだもん。」

あたくしは考えた。例えそれがゲームであっても良い。そこにガキどもが、否、明日を担うお子様達が夢中になれる何かがある。そこは、若葉の集う穢れなき集団。そうだ、仲間だ、そんな仲間の中に憧れのお兄さん像があっても、いいんじゃぁねぇか。自分より年長の、ちょいとニヒルなお兄さんが、いつまでもこのお子様たちの心の中で、幼いころの憧憬として生きていく。嗚呼、なんと美しい(もちろん、子どもの視点から見たあたくしが)。

そんな灰谷健次郎の世界観に酔いしれるあたくし。子どもたちの憧れのあたくし(ゲームだけどもよ)。心は彼方、大英帝国はシルバーストーンサーキット。ブロンドのクセ毛に赤いレーシングスーツ。あぁ、そうだよ。今あたくしは、チビッコ達のアイルトン・セナなんだよ...

あたくし:  「...ふっ。俺か?俺の名は、そうだな。音速の貴公子、とでもしておくか。」
ガキんちょC: 「へぇ~。変な名前。おーい。オンソクってんだってさー。このおじさん。」
店員:    「はーい。オンソクさんね。お、ん、そ、く、っとぉ。」

なにやら模造紙で出来たトーナメント表の下部に

「おんそく」

と書かれているじゃぁねぇか。なんだ?これは...。

店員:  「えー。すいませんねぇ。一応、参加費で300円いただいているんですよ。」
あたくし:「参加?って、あぁ、その、なんだ、大会ね。ああ、あたくしは出やせんぜ。いや、名前をちょいとばかり聞かれただけで」
ガキんちょC: 「へぇ~。逃げるんだってよ。このおじさん。」
ガキんちょたち:「え~。逃げるんだってよ。」
ガキんちょたち:「なんだよー。さっきのまぐれじゃねぇのかぁー。」
あたくし:  「じゃかましぃっ!やってやるよ。やってやるよ。オラ!次おっさん言ったらぶち殺すっ!」

こうして第一回○○屋マリオカート大会の栄冠に輝いたあたくしは、愛車SR400用塗料を買い忘れ、144分の1スケールのプラモデル「アッガイ」と、箱もくたびれた「高橋名人の冒険島」なんていうどーしょーもない賞品と手書きの賞状を頂戴し、ガキどもに「大人げねぇ」という罵声を浴びせられて帰途についたのでやんした。

最寄り駅から歩いて数分の大型玩具店は、あたくしとカブト虫の斉藤似の妹が通学路としている地点。国道に面した大きなショーウィンドゥに「第一回○○屋マリオカート大会優勝者 おめでとう!おんそくさん」なるポスター(しかもポラロイドによるバストアップ写真つき!)が掲載されていた約1ヶ月間、あたくしはなるべく家族と目を合わせないよう、自宅に近づかぬための最大限の努力を尽くしたことは言うまでもねぇことでやんす。

ここいらで本題。

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WHITESNAKE / WHITESNAKE

いわゆる、「サーペンス・アルバス」ってな邦題のアルバムでやんす。あたくしもこれ、バンド名がアルバムタイトルってのは相当あとになってから知ったってな程、邦題の方が有名。
何しろ、車には必ず入ってやすね。テープ、CD、MD、iPoidとカーステのタイプが変わっても絶対に入っているのがこのアルバム。ともかく、聞けばアクセル踏んじゃうってモノ。いや、誰でも彼でもそうなるか、てぇとわかんねぇんですが、あたくしは踏んじゃう。

80年代に洋楽聞いてた人は、固有名詞を忘れても聞きゃぁ思い出すんじゃねぇかってほどに売れやした。ハードロック/ヘビメタらしからぬちょっとクールなPVがMTVでしょっちゅう流れてて。
もともと、渋めのブルースロックやってたオヤヂバンドだったのがホワイトスネイク。そのころの名曲ってのは随分ありやすが、少なくともビルボードで売れてどうの、って程のセールスは皆無。バカ売れしたこのアルバムは「派手だ」とか「商業主義だ」とか、売れたら売れたで文句だらけ。
ビジネスなんだから、売れたら良いに決まってんじゃねぇかと思うんですがね。あたくしは。ともあれ、80年代はヘヴィメタがともかく売れた時代で、どっちか言うとアングラだったジャンルだったヘヴィメタが頂点に君臨してた頃のアルバムかなーと。ボンジョヴィとか、その辺も頑張ってて、ルックスが良くて音がキラキラしてて派手、ってなアルバムが多かったんでがね。その中でもホワイトスネイクのこのアルバムはスケールがでかかった。
ヴォーカルのデヴィッド・カヴァーディルが元Deep Purpleだったり、エイドリアン・ヴァンデンバーグ、元DIOのヴィヴィアン・キャンベルという売れ筋ギタリスト使ったりで、ブランド的にも相当なものですがね。屁理屈抜きで、カッコいいんですよ。1曲目の「Crying in the Rain」なんか、のっけから越しぬけるし。重くて、スケールがでかくて、荘厳なサウンド。惜しむらくはプロダクションが悪いのか、ギターの音がどこにでもあるような音になってる。いわゆる流行の音ってやつでしょう。これが曲とレコーディング痔のメンバーだった(リリース前に脱退)ジョン・サイクスのプレイに合ってない。ジョン・サイクスは脱退後の自身のバンド「ブルー・マーダー」で滅茶苦茶良い音出してたから、どうもプロダクションに問題が歩きがしていやす。ギターも遠くから聞こえるしね。
でも、ジョン・サイクスのプレイとデヴィッド・カヴァーディルのセクスィーな声で作ったこのアルバムは、ホントにそれぞれのいいところ出てるんだよなー。ジョン・サイクス好きにはジョン節に、デヴィッド・カヴァーディル好きにはデヴィッド・カヴァーディル節に聞こえる。バンドサウンドではあるんですがね。
売れたからダメとか、元々のブルージーさが抜けたからダメとか、色んな理屈をこねる輩はいますが、ホワイトスネイクのキャリアがもしこのアルバム一枚だけで終わってたとしても、みんなの記憶に残るような、そんなアルバムだって思いやす。この一枚で、伝説が作れたはずだろう、ってな具合に。

ギタリストにスティーヴ・ヴァイが加わってからのホワイトスネイクのライブに行ったことがありやす。その際にアリーナ席の連中が、「でびかばー!」って叫んでたのが印象的でして。よそ様の名前、そんな風に略して呼ぶなよ。おい。

September 21, 2004

あんたに捧げるバラード

今日は、笑える話じゃぁねぇんです。毎度、あたくしの小話をお楽しみの貴兄には、まっことあいすいません。

最近、女トモダチが立て続けにお悩みでして。仕事と出産とか、結婚、恋愛。なんでしょう、30代になると色んな悩みが噴出するようで。ホントにそりゃぁ、見ててこっちがせつねぇくらいです。毎度バカバカしい話ばっかりしてるあたくしとしちゃぁ、もっと気の利いたことを言えりゃぁいいんですけどね。どうも上手く言ってやれやしない。この辺があたくしの感性品質の限界ってやつですかね。いっつも言ってやれねぇでいたことを、今日は書いてみようかなんて。だから、おもしれぇ話じゃないかもしれやせん。

あたくしはどうも、最近の「勝ち組/負け組」とか「勝ち犬/負け犬」みたいな思考が、ちょいとよろしくねぇんじゃねぇかと思ってるんでやんすよ。あたくしに悩みを吐いた女性陣、どいつもこいつもそりゃぁ折り紙つきの良い女でして。世間がなんと言おうと、本当に良い女でやんす。「どこが?」とか「どの辺が?」なんて聞くヤツがいたら、剣道、柔道、華道に書道、合計28段のあたくし(一部誇張がございます)がぶっ飛ばしてやるから、ってなぐらい。や、別にトモダチ自慢しようってんじゃねぇんですけどね。

俺は負け組みにはならねぇ、ってなセリフをぶっ吐く輩はあたくしの周りにもおりやすが、大抵はアテにならねぇ連中だったり。自分の評価が正当でないなんて吐いてる輩もおりやすが、こいつらの多くは厳格に能力を査定するような世の中で生きていけるほど腹はくくれてねぇし。負けだの勝ちだの、なんて言い出す連中ほど、自分が負けてるって方にどっぷり浸かってんじゃねぇのか、と。(このあたり、内田樹って人が明快に言ってますけどね。)自分の評価が出鱈目だ、俺は負け組みにはならねぇって思う人がなんと多い事か。じゃぁね、言わしてもらいますが、厳格で厳密な評価の中で生きてる、なんてのは辛いもんでやんすよ。フォークリフト運転しないと音楽では食いつめてる、かつての大物アーティストとかね。自分への評価が正しくねぇんだっていう、評価する側が出鱈目で適当なんだっていう、ファジィさ加減があるからこそ、自分を愛せるってもんでしょう?出鱈目ぐらいが、ちょうどいいでしょう?

ここで、「そんなこと偉そうにいえるのかよ、つ。」ってなご批判。まったくもってごもっとも。世間の勝ち負け的評価の枠組みで言わしてもらやぁ、あたくしは負け組ってやつでしてね。だからこそ、痛みが骨身に染みるんでやんすよ。

あたくしに悩みを吐露しくてくだすった女性陣。「30代、独身、子なし」のうちの幾つかの要素(人により全部)をお持ちでやんす。でもね、バリバリやってて、客観的に見てもマーヴェラスでブリーリアントなキャリアの女が、なんで「負け組」なわけか、わからねぇんですよ。結婚して幸せな家庭を、ってのを否定する気はねぇです。ただ、それが絶対的評価の尺度になってるってのを、盲信するのはどんなもんか、と。何歳までに結婚して、何歳までにガキこさえて、みてぇな。再生産って意味で言やぁ、そりゃぁ生物学的に耐えられるかどうか、ってこと以上に、なんの判断基準があるってんですかね?育児に体力がいる。ごもっとも。だったら、そこも計算してなんとか出来るって自分で判断したところで決めりゃぁ良いんです。結婚も然り。何歳だから、なんていう生まれてから細胞がどのくらいの歳を重ねたかっていう(これだって個体差があるってのに)尺度でもって、勝ちだの負けだの言うもんじゃぁねぇし、そんなこと気にするヤツを笑ってやれ、と。
障子を指ですーっと掃いて「ちょっと、嫁! ここ、まだ汚れているぢゃないの?お里がしれるわね!」なんて義母に言われて、片隅でうんこしっこ漏らしてるガキをなだめながら酔っ払い亭主の帰りを待つ。これが勝ちなんですかね?いやいや、そりゃぁ結婚てなもんを歪曲しすぎだよアンタ、ってなご意見もごもっとも。結婚に恨みでもあんのかよ、ってわけでもねぇですが、 勝ちか負けか、てな判断なわけがねぇだろう、というのがあたくしのイイタイコトでして。夢も希望も否定はしやせん。「遊星からの物体X」みてぇに、エイリアンが腹に巣食っちまったような体形の変化と、毛や歯が抜けて、おしっこ漏らしちまうような痛みを超えて生まれた子どもから、実に得るものは多いです。それに可愛いのはホント、筆舌に尽くしがたいってやつでして。でもね。うんこしっこ漏らすわがままの塊が、大きくなって「クソババァ」なんて言い出すのもホント。ご自身のキャリアも踏まえて、じっくり決めりゃぁ良いんです。今、傍らにいる男のガキを産んでもいいか。欲しいか。そのためにゃぁ、どうしたって差し出さなきゃならねぇ要素がありやす。長い事積み上げてきたキャリア。一生懸命維持しているスタイル。出産後の時間のとれなさ加減。犠牲という言い方が間違っている、というならコトバを代えても良いんですがね。犠牲ですよ。こりゃ。まちがいなく。決断なんて、その後に後悔した時に、自分自身に言い訳しねぇで歯を食いしばるための方便ですからね。一事が万事、後悔しねぇなんてことは、絶対にねぇです。もちろん、一方で得るものもたくさんありますがね。
男のお前に何も言う資格はねぇってんだったら、読み飛ばしてもらっても良いんです。にわかフェミニストだと思って小馬鹿にしてくれてもかまわねぇんですが、「アンタほどの良い女が、ちょっとした世間の風評なんか気にして、そんなに急ぐこたぁねぇよ。今だ、ってなタイミングは自分で決めりゃ良いよ。」って大意だけはわかって欲しいってことでして。

良い仕事と良い恋愛を、一生懸命して下さいよ。心も身体も、快感でいられることを純粋に追求してくださいよ。仕事でも恋愛でも、もっとほめられてくださいよ。愛でられてくださいよ。だぁれもほめてくれねぇなら、あたくしが褒めましょう。照れて冗談を言う余裕がないくらいに、褒めてやりましょう。

今日はまた何が言いたいかって?
あたくしにお悩みを吐いてくだすった貴女と貴女と貴女。
良い女だねぇ。よっ。日本一!

あーあ。したり顔で偉そうな事言っちまったな。ご相談の女性陣がこのブログ見てるかもわかんねぇし。あー。またアクセスが減っちまうぜ。
さて、本題。

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I Want You / Marvin Gaye

あたくしも行き詰ると聞くんだよ。昼間、津波のような人間どもの間で格闘してると、行き詰る暇もねぇでしょう? くたびれて、やっと家に帰ったら夜中。そういう時間を、やりきれねぇ気持ちで過ごすのはちょいとばかし、辛い。
アルバムを通して妖艶でやんす。くだびれたまんま、音に包まれてくださいよ。

September 13, 2004

イビキを科学する

「ちょいと、あんたのイビキうるさくて、ちぃとも眠れなかったじゃぁないのよ。」
こんな言われ方で朝のご挨拶、ってな貴兄もいることでやんしょう。
何しろ、あたくしの家では、みんなイビキをかくか、歯ぎしりをするか、ってな具合でもって、寝ている間に何がしかの芸当をやっちまう人ばかり。他人には「イビキがうるせぇ」と言い放ちなさるあたくしのオフクロも、そりゃぁもう、「輝け!全日本大イビキ大会」に出場したら「ゴールデン・ノーズ賞」とか良いセンいくんじゃねぇかってほどのもん。あぁ、せめてイビキのねぇ家庭に生まれたかった。「もしかしたらあたくしは捨て子で、この家に来ただけかも知れねぇじゃないの。本当はどっかの金持ちでイビキのかかねぇ紳士がある日あたくしの前に現れて...」みてぇな。

思い返してみりゃぁ、修学旅行で、合宿で、あるいはちょいとした旅行でもって、誰だって友人・知人・恋人・愛人・インド人のいずれかとの一夜を過ごすはずでやんす。修学旅行やら合宿やら旅行(ゥッフン)やらでは、あたくしは大抵、遊んでていつまでも寝ない輩だったもんで、明け方まで怪談・ワイ談の首謀者パターン。多勢の中から、一人二人と布団に沈没していく気合の足りねぇ連中を尻目に、飽けることなく続く怪談・ワイ談。やがて聞こえてくるのが誰かのイビキでして、普段は後輩にモテモテのイケメン・ギタリストだろうと、育ちの良い善良度No.1な出来杉君みたいなヤツだろうと、かく時はかく。酒が入ってりゃぁ、そりゃぁもう部屋中がフィルハーモニーか大晦日の第九か、トシちゃんのバックで踊るスクールメイツか、ってな具合に、かく。カッコ良かろうがマトモだろうが、口開けてがーがー言ってりゃぁ、みんな一律で間抜けなもんでやんすから、あたくしは「あー。あたくしもこんな顔してガーガー言ってるのかなー。」と不安になったもんです。ともかく、イビキをかくなんざ、間抜けでかっこ悪くて、嫌でやんすね。ちょいと小金をもって、バリ島あたりに行ってみて、んまい酒飲んで背中をアロマテラピーとかでマッサージしてもらってよ。籐のベッドで眠るなんて時は「スヤスヤ」ってな具合じゃねぇと、格好がつきゃしない。そこで「がーがー」なんてイビキこいてたら、台無しってもんだよ。バリ島が。
それとか、死んでしまった昔の彼氏そっくりの野郎に見合いの帰りに出くわして、何年も紆余曲折あって、いざ結ばれる、ってな夜にだよ、こんなもん持っては臨めねぇだろうって。でも、それしてなきゃ「がーがー」だもんな。ドラマ度低いってなもんだよな。うん。


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こんなのとか(鼻用)

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こんなのとか(おくち用)

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素敵なディナーの後にこんなの飲んじゃったりとか

こんなに反イビキ連盟みたいなあたくしですが、幾度か「あんた、イビキかいてるよ。」と言われたことがありやした。出鱈目もたいがいにしやがれ、ってな具合で、まともにとりあいもしねぇ。だいたい、こんなにイビキが嫌いなあたくしが、そんなものかくはずがねぇし、聞いた事もねぇと。いっつも隣で寝ているあたくしの娘のように、スヤスヤと、そりゃぁもう健やかな眠りについてるはずだ、と。

3歳になってごっこ遊びってのに夢中になった娘と、ママゴトをやってた日曜の昼下がり。タイムショックで肝心なところが赤に4枚取られてるから、最後の問題が答えられねぇぜ、ってな頃合い。

ムスメ:  「じゃぁ、ママ(娘の役)がねんねしてるから、パパ、ごはんできたらおこしてくだしゃいね。」
あたくし: 「はい。はい。起こしますよ。」
ムスメ:  「じゃぁ、ママはねんねしますね。」

ムスメ:  「ごーしー。ごーしー。」

あたくし: 「??」

ムスメ:  「ごーしー。ごーしー。」
あたくし: 「ねぇ...それ、何の音?」

ムスメ:  「パパの、ねんねだよ。ごーしー。ごーしー。」

あたくし: 「!!」

あたくし: 「なぁぁに言ってやがんのぅ。パパ、そんな音たててネンネしないでやんしょ!」
ムスメ:  「いつもするよー。 ごーしー。ごーしー。はやくごはんつくってください。ごーしー。ごーしー。」
あたくし: 「...パパ、あたまいたいから、ご飯作れません...」

もう、あたくしは頭の中いっぱいいっぱいでね。はぁ。あたくしもイビキかよ...
実は、ちゃぁんとタイトルどおり、イビキを科学しようかと思ったんでやんすがね。あたくしたちの手の届く現代科学の結晶が、上に貼ったハナカンやらマウスピースやらでやんすよ。やりきれねぇでしょう?もうバリ島には行けねぇな。

てなわけで、眠りつながりってことでここらで本題。
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Breezin' / George Benson

なんだかねむれねぇなー、って夜はこれ。あんまり気持ちに響くアルバムだと、かえって眠れなくなるし、さわやかなだけのイージーリスニングじゃぁ、毒にも薬にもならねぇってもの。Geroge BensonがJazz/Fusion系ギタリストから、その後「後家殺し」の甘く油っこいヴォーカルで金曜日の妻たちを骨抜きにしていくきっかけとなったアルバム。この人のJazz色が強いアルバムも悪くないし、かのクインシー・ジョーンズがプロデュースしてブラックコンテンポラリー路線でバカ売れした「Give Me The Night」も好きでやんすが、ギターがなぞるメロディラインが一番美しいアルバムはこれか、と。全体のノリが優しくて、如何にも都会的なアレンジでやんすから、首都高速湾岸線をお台場から横浜方面に走るってなデートにもグー。あたくしは眠れない時の睡眠薬のように、気持ちをなだらかにする時に聴いてやすが。

ギタリストとしてマイルスのグループに初めて参加したってことで実力は折り紙つきなんでしょうが、そういうセンスと技術に長けた人がポップな事をやるとこんなに美しいアルバムが出来るのだ、という見本のようでもあり。実力派と競演すると、技術詰め込みすぎの複雑な楽曲ばかり作り出す輩が結構多いでやんしょ?自分のプレイのカタログみたいなアルバム作ってさ。そんな輩も少なくない中で、シンプルでさわやかで、無駄がない名盤かと。
レオン・ラッセルのカヴァーになる『マスカレード』でのヴォーカルばかりが目立ちやすが、唄ってるのはこれだけ。実はテレビ番組のバックで使われたりとかの4曲目の「Affirmation」とか、かなりお気に入りでやんす。ギターフレーズと同じフレーズをスキャットするってな、あれね。あれがすごいんだ。痺れるぜ、ってな具合。ミーハーな曲だけど。
セミアコースティックのギターでメロディアスなオクターヴ奏法をする、ってだけであたくしは好みなんですがね。オクターヴ奏法で有名なのJazzギター界の北島三郎、ウェス・モンゴメリーみたいにJazz臭くねぇもんで、そういうの、つまり、いわゆる「Jazzギター」の良さを堪能したいってな向きなら、George Bensonではねぇな、と。もっとR&Bよりのポジションでもって、Jazz臭の強いアプローチを使いながら、ポップに、R&Bに、っていう、80年代にはやった言い方しちまうと「クロスオーバー」でもって「メロウ」なのが好きだと、必ずいい具合に思えるでやんしょう。
Jazz/Fusionってちょっとなー、って人は、とりあえずドライブ用とか食事の時のBGM用と思って聴いてみると良いかな。TUTAYAとかにもあるし。とっかかりはその辺で。

でもね、服のセンスとかは、悪いね。この人。
北千住あたりのホストみてぇだよ。


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ほら。
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ほらね。


September 08, 2004

世界の中心で叫ぶだと? おい、コラ。

あー。世の中でちょいと流行ったからってすぐそんなタイトルもじっちゃったりして。あたくしも駄目なヤツだよ。

って、別にあの小説について云々したいわけではありやせん。ベストセラーになりゃぁ、誰かしらが文句のひとつも言ってるだろうし、文芸ドシロウトのあたくしが口を挟む隙なんぞありやしません。ただ先日、知人とテレビを見ていた時に、「世界の中心で~」の総集編のような番組をやってなすったので、こんなタイトル。しかし、こんなに流行ってるってのに、見たことも読んだこともなかった流行遅れのあたくしたちは、とりあえずテレビに見入りやす。
そこでわかったのは、どうも、昔惚れたネェちゃんが、白血病だかなんだかにかかって…って記憶を引きずって生きる、みたいな純なドラマであるということ。滅菌された病室の向こうと、ビニールのカーテンのこっち側で交わされる純愛。

んー。ちょいとこれ、オハナシが古かねぇですか?

イマドキ、本当にイマドキこういうのが流行るのか、という印象でもって、合点がいかねぇんです。大人気の韓国ドラマ群もそうなんでやんすが、こういう「よろめきドラマ系」とか「奥様劇場系」が流行っているのはなぜか?「そういう類の番組を昔見たことがない世代が…」とか「最近の殺伐とした世の中で…」みたいな社会学ちっくだったりすることを申し上げる気は、毛頭ありやせん。単純に不思議。
病気を云々する気は全くないんですが、なんであの手のドラマは「不治の病」、それも「白血病」とかが定番なんでやんしょう?ドラマの構成上、ビニールシートのあっちとこっちというひっじょーに明示的な、超えられない境界を前に愛を語るってのは、確かにお涙を誘いやす。でも、今でもその王道パターンで番組作るなんざ、安易過ぎるんじゃねぇか?と。制作者側とか、そういうネタをあんなベッタベタの見せ方で使っちまうのは降参したようなもんじゃねぇかと。芸人が後ろ頭をスパァンと叩いて、相方が「めがね、めがね。」ってやるような、その位のベタベタぶりじゃねぇかなぁ。確かに、

<病室(大抵は個室)にて>
女:「ねぇ。○○君。あたし...。痛風なの。これが痛くて痛くて...」
男:「...まぁ、それはつらいやね。」

では誰もよろめきゃしないし、涙も出ねぇってなもんです。朝刊の文化面とかに
「夕べのドラマは良かった。あの気持ちはなったものにだけわかる痛みだ。もっと痛風を取り上げた、有意義なドラマ制作を望む。 茨城県  団体職員(62)」

みたいな反響があるのが関の山ってもんでしょう。ドラマにゃぁ、ちょいとなりにくい。盲腸の後にオナラが出るか出ねぇか、みたいなストーリィじゃぁ、ドリフ大爆笑2004のコントってもんだし(チョースケがいねぇからな...)。あるいは、誰かがボケちゃったとかだと社会派ドラマ然としちまったもんだし、おまけにボケちゃった義父の面倒見るのが嫌で浮気した妻が愛人を刺し殺して...みてぇなドラマになっちゃって、柱の影から家政婦が見てるかも知れねぇし。


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だから辞められないのよ、この商売。

こうして考えると、病気の中にもドラマ度の高低があるんじゃねぇかと。白血病の他といやぁ、記憶喪失なんかもう天晴。心臓疾患とか脳腫瘍ってのもドラマ的。先天性ホニャララなんて長めの名前だと、ドラマ的にグー。
ドラマ度が低いのはってぇと、先にあげた痛風とか、痔とかね。かっけ、なんてのも検査方法がコントに良く使われたりだし、盲腸は剃ったりオナラしたりでNG。

こうして考えるとドラマ的な病気の要素とは、
・治らない、あるいは治りにくい病気
・患部は上半身限定。あるいは取替えの効かない部位だったり。
 (肝臓もとても大事なんでやんすが、飲み過ぎイメージが高いのでNG。)

例外的に、精神的な問題で歩けない、なんてのもドラマ的でやんしょ。ハイジに出てくるクララみたいな。クライマックスで「立った!立てたじゃないか!」みたいなシーンがあったり。

なんて、病気をからかってるわけじゃぁねぇんですよ。誤解してちゃぁ、いけねぇよ。こんな風に、定型化されちまうようなドラマは、つまんねぇんだよって話がしてぇわけです。昔のドラマがDVD化されたりリメークされたりって、ホントにいい話がねぇってことの現れじゃねぇかと。20年前のデザインの車が登場したら、一部マニヤの中には「うひょひょひょ」と喜ぶヤツもいるんでしょうが、一般的には「デザイナーの敗北だよな、こりゃ。」って思うでやんしょ?そういう感覚が、テレビ番組含めたコンテンツにも必要なんじゃねぇかなぁ、と。適当に流行の役者使って惰性の番組やるくらいなら、痛風ドラマでも作ってみろっての、と。

今日はちょっと吠えたので、ここらで本題。

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Jeff Beck / Wired

ご存知、ギター御三家のひとり、Jeff Beck。たのきんトリオなら野村義男のポジションか。もうちょいと遡ると、野口五郎ってところか。
楽器やってる人ならいざ知らず、「ベック」っていったら、最近の「Beck」になっちゃうのが普通かも。60年代後半から現在まで、トップランクのギタリストということになっちゃぁいるが、同じく御三家のエリック・クラプトンみたいにセールスが良いわけでもない。ジミー・ペイジも最近はセールス的には全然ダメでしょうが、デジタル時代になってからアナログ時代のレッドツェッペリンのリマスターやらなんやらで、懐メロ稼ぎをしているし。まっとうに音楽創ってギター弾いているって意味では、ジェフ・ベックの方がカタギのような。
そんなBeckの出世作として挙げられるのは(名作はゴマンとある方なのですが)「ブロウ・バイ・ブロウ」で、本作「ワイアード」はその次の、いわば谷間的な時期の作品。
ベックの作品でこんなことを言うと、ファンの方に叱られそうでやんすが、一番の聴き所はキーボードのヤン・ハマーとの絡み。ヤン・ハマーって、「あんたギタリストになれば良かったじゃんよ」って位にギター的アプローチで、当時は滅茶苦茶高かったショルダーキーボードを弾いているんでやんす。(日本でショルダーと言えば、コムロテツヤ...。歌下手だよな。あの人。念仏みたいに唄い、最も気持ち悪い音に旋律を外せる稀有な存在である。)
 ちなみに何でこのアルバム紹介かというと、ヤン・ハマーのせいだったりして。80年代のアメリカ・ドラマと言えば、マイアミ・ヴァイス。かっこいかったドン・ジョンソン。


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ドン。


この大人気ドラマのテーマ曲を作曲し、演奏していたのがヤン・ハマー。1分程度の曲なのに、ドラマ人気にあやかってビルボード上位を席巻するという快挙。日本で言やぁ、「渡る世間は鬼ばかりのテーマ」がオリコンのトップになったり、徹子の部屋の「る~るる。るるる、る~るる。るるる、る~る~る~る~る~るる~。」がFMでヘヴィ・ローテーションになるようなもんですな。携帯の着メロが「徹子の部屋」とか。燻し銀。

話を戻すと、ともかくBeckって人は共演者選びが天才的に良いってあたくしは思うのでやんす。ウェザー・リポートにいたりしたナラダ・マイケル・ウォルデンとか(プロデューサとしての方が有名だったり??)ジャズ・フュージョンとかいうジャンルに分類されちまうから、テクニックがあって当たり前ってなアーティストなんでやんすけど、テクニックに裏打ちされたセンスのある人同士が緊張感の高い演奏をする、っていう典型。)「ブロウ・バイ・ブロウ」がどうしても目立つんだけど、あたくしは断然、こっち。
あたくしがバンドやったりして真人間への道を踏み外し始めた頃は、ともかく早く弾けるギタリストがウマい、みたいなオリンピック陸上400メートルみたいな価値観だったもんで、最初にステージに立ったベックを見た時は「あまり、早くねぇな。」みたいなアホな聴覚をしてました。あー、ガキだった。で、後々良~く聴いてみると、これがホントにびっくり(なんだか、安ーいテレビショッピングのMCみてぇだな...)。ギターを「鳴らす」ってことにかけては、この人が世の中のてっぺんにいるんじゃねぇかな、と。何十年も変わらないエレクトリック・ギターって楽器を「へぇ、こんな音出るんだ... 」みたいな感心させられる弾き方でしてね。聴いてると、自分もギターに手が伸びるような。そんなお方でやんす。はい。
オープニングの"Led Boots"でまず腰が砕けて、"Blue Wind"のギター&シンセバトルで唸る、という。すごいテクニックの人がかっこいい演奏すると、鳥肌立ったまま思わず笑っちゃうっていう経験ありやせんかね?このアルバムが、それでやんす。

ベック、というと金髪のアンチャンの方がイメージされちゃうから、フルネームで呼ばないといけないなんて。世の中不便になったもんだよな。

September 01, 2004

トイレット・ショォォック

アホなタイトルであることだよ。我ながら。

なかなか笑い事ではないのは、子どものトイレ。あたくし、こう見えても(見えないけど)なかなかのコボンノウ、親バカ、いや、バカ親でやんして、週末はチビとのデートが当たり前。生後3ヶ月の時分は、あたくし専業主夫なんぞやってたもんで、それこそ毎日デートしてたもんです。出来ないことと言やぁ、乳を出すこと位なもんで。
そんなあたくしが一番困ったのは、トイレ。何しろ、男性用トイレに子どものオムツを代えられる設備がない。駅で、デパートで、スーパーで。そりゃぁもう、いつなんどき奮発しなさるかわかりゃしない赤子を連れての外出は、男性にはなかなかキビシイものがありやす。
慣れてくると、「池袋界隈だったら○○デパートの6Fと駅の○側トイレ」みたいに頭にしっかりと地図ができあがるってなもんですが、このナワバリを離れるとそりゃぁもう気が気じゃない。ひどいのになると、授乳室の奥にチビッ子用のおむつ代えスペースがあるんでやんすが、よそのおかーちゃんがオッパイをびろんびろん出してるエリアを通り抜けていくってのも相当な度胸が必要。ちょっと行けたもんじゃぁありやせん。「女性用トイレになら例のオムツとりかえベッドがありますので、そちらへ。」って、どうやって入れるっつぅんだよ、あたくしが、ってなこともありやした。その時はデパガのおねぃさんが女性用トイレに一緒に入ってくれたので「すんません。すんません。」って周囲に頭を下げながらのオムツがえ。これも情けないことこの上なし。男性用トイレに入ってきちゃうオバチャンの逞しさを痛感するってなもんです。


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例の設備。「オトコも育児に参加を!」なんて言ってるヒステリックなオバチャンは、
この辺のことを知ってるんだろうか。知らねぇんだろうなぁ。

チビッ子も大きくなると、普通のトイレで用を足せるようになるんですがね。気づいてみると、駅の公衆便所ってのは和式がほとんど。抱っこして用を足させようにも、和式トイレなんざ最近のマンションにはついてねぇもんでやんすから、チビッ子は和式トイレにえらい拒否反応を示したり。

「わしきだったら、しないのー。」

なんて言われたら、軽いパニックってな具合です。おむつも穿いてねぇんだから、我慢しきれなくなったらオモラシじゃぁねぇですか。着替えのパンツもズボンもないよ、ってな時は、ホントに息せき切ってチビを抱いてトイレ行脚ですよ。
最近は多目的トイレなんてのがあって、これは大抵が4畳半位の広々スペース。洋式で親子で入れたりするんですがね。こいつが増えたおかげで、ずいぶんと楽になりやした。「おしっこぅ」なんて言われたら「あいよっ」ってな具合で一緒に入ってきゃぁ良い。洋式トイレったってあの狭苦しいエリアに親子二人で入りこんで、用を足させてお尻を拭こうってのもそりゃぁそれで大変で。お子様ようのかわいらしい服があのきったねぇ床につかないようにパンツとズボンを穿かせて、靴を履かせて、なんてやってると、はてさて事なきを得ましたってなタイミングで立ち上がると、クラリと立ち眩みしちまう位の下向き+力み加減。あの広々多目的トイレがお好みの貴兄、あたくしだけじゃぁないはずでやんす。

ところが、多目的トイレも良い所ばかりじゃぁありません。
あれは巣鴨駅でのこと。ボタンっていうボタンに興味を持って、家でもリモコンを片時もはなさずに「リモコン警察」なんて言われてたチビの用をたしました。その後一息ついて、「あたくしもこれから電車に乗るんだし、用を足しとくか」ってなつもりで着座。広々トイレを走り回るチビ助に「ほーら、あぶねぇから、おとなしくしときなさいよ。」なんて言ってはみても、聞く耳なんざぁ持っちゃいません。やがて、「あー。これなんだろぅ?」と言って押したのが、緊急ボタン。「あっ。ばかっ。あんた、それ押したらっ。」なんて言ってても、途中では勢いが納まらないのが人の世の常。トイレの外ではサイレンと思しきサウンドがこだまする。何かあったときの、緊急の音。それこそがサイレン。そしてあたくしは、止まらない。止められない。そんなこたぁイニシエのジャポンからなんにも変わりゃぁしない、真理ってなもんです。おまけに都営線の巣鴨駅員は、そりゃぁもう健脚自慢。非常ボタンを押した3秒後に、2人の駅員が息を弾ませて自動ドアを開け放ち、

駅員さん: 「何かありましたかっ!?」
あたくし: 「ぃぃぇ...。ただの間違いです。」
駅員さん: 「ホントに大丈夫ですかっ!?」
あたくし: 「そこ、閉めてくれたら大丈夫ってなもんです...」

ある時はまた、某デパートでのお話。あの手の多目的トイレって、開閉が巨大な緑と赤のボタンでやんしょ?「開」と「閉」が水戸黄門の印籠のようにでっかく表示された、緑と赤の憎いヤツ。そう、それこそ、リモコン警察が大好きなボタン。こいつを放っておくってテはねぇでしょう。あたくしが用を足してる最中にリモコン警察、早速捜査開始。

ちび:  「あぁぁ。このぼたん、なんだろー?」
あたくし:「あっ。ばかっ。」

...ウィーン。

東○デパート地下の、いわゆるデパ地下の日曜日。先生も走るってな師走の頃。虫が湧いたんじゃねぇかってなくらいの人。人。人。なぜか、池○駅東○デパートの地下売場トイレ(多目的だけね)は、売り場に面しているのだった。お笑いスター誕生で人気のある若手芸人だけが通り抜けることができた、あの廻るトビラにそっくりのトイレ。小柳トム(e.g. ブラザー・トム)が警察官の格好で何週か連続で合格しては飛び出してきた、あのトビラ。あんなカンジでやんすよ。トイレのトビラがあくと、そこには小柳トムならぬ、あたくしがいる。「考える人」のポーズをとって、そこにいるという。
トビラの向こうであたくしが見たものといえば、ニヤリと笑うオバチャン、しかめっ面のオネーチャン。
とどろくチビの笑い声。
それでもあたくしは、着座位置から動けない。動いたら、それこそ逮捕されちまうかもしれねぇ。こんな時こそ、逆ギレだ。「何見てやがんだよ」ってな具合で眉間に縦じわ、瞳は細め。ヤクザ映画の名作、日本の首領(ドン)シリーズの松方弘樹よろしく、辺りをゆっくりと左から右に睨みつける。他方、いっこく堂よろしく、小声でチビに話しかけるんでやんす。唇はなるべく動かさずに。

あたくし: 「あー!はやくしめて。しめやがれっ!」
ちび:   「きゃっきゃっきゃ。」
あたくし: 「はやくしめやがりなさい!パパ、おこっちまうよ!」
ちび:   「しめるって、なにするのー?」
あたくし: 「赤いのっ。赤いの、お、押しやがれ!早くぅっ!」

...ウィーン。

誰にでも忘れたい記憶の一つや二つはあろうってなもの。


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トイレット博士。 とりいかずよし氏の名作。赤塚不二夫のアシだったらしい。
今日の話題は、チビっ子の時に読みふけったこのあたりのマンガの影響大かな、と。
まぁ、あんまり関係ないけど。「マタンキ!」とか「七年殺し!」とか。知ってるかなー。
ちなみに同時期のマンガではまったのは、サーキットの狼でやんした。
実写版の映画まで見に行っちゃったんだぜ。ロータス・ヨーロッパ。

さて、オチもなく本題。

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Live Alive / Stevie Ray Vaughan & Double Trouble

あたくしが「とりいかずよし」のトイレット博士を模倣した人生を送っているように、世界中のギタリストが、必ず一度は真似したくなる音とプレイ。それがスティーヴィー・レイ・ヴォーン。(勝手にあたくしはそう思っている。)大御所ギターメーカー、世界中のギターKidsが一度は憧れるであろうフェンダーのユーザーってことで有名(プレイヤー?)でやんすが。あたくしもこの方のおかげでもって、「オトコの60回ローン(ホントにそういうキャンペーンだったんでやんす)」で高校卒業と同時に買ったのがフェンダー・ストラトキャスター。
最もフェンダーを良い音で鳴らしてる人ってだぁれ?と聞いたら、あたくしはこの人、スティーヴィー・レイ・ヴォーンを真っ先に挙げちまいます。(一人には絞れねぇけどね。)このアルバム、オフィシャルでは初のライブアルバムだそうで。元々がトリオ編成で、オーヴァーダブも少ないスティーヴィーですが、このアルバムでは鳥肌モノの演奏を聴かせてくれます。某楽器店で「金が無いから、フェンダーなんか買えないよぅ。」と言ってたあたくしの頭上で、小型のBOSEアンプから聞こえてきたのが「Voodoo Child (Slight Return)」。このアルバムの11曲目。ジミ・ヘンドリックスが弾いているにしては、音がザクザクしてるし、クリアだし。バックバンドもうまいし。「これ、だぁれ?」なんて店員に聞いた時に見せてもらったジャケットで、スティーヴィーを知ったと言うあたくし。もうその音とプレイで下半身が痺れ、店の帰りには「オトコの60回ローン」でキャンディ・アップル・レッドのストラトキャスターを買っちゃったあたくし。その後も、自分のバンドでアルバム5曲目の「Superstition(元はスティーヴィー・ワンダーの曲。ベック・ボガード・アピスのカヴァーもかっこいかった)」やったりしてました。お手伝いメンバーのオルガン(リース・ワイナン?)のバッキングとスティーヴィーのカッティングの絡みが最高にかっこいかったのでね。スティーヴィーって、ギターソロばっかり言われますが、カッティングがめっちゃくちゃカッコいいんでやんすよ。

なんでも、ご本尊はヤク中だった時の演奏だそうで、あまりお気に入りではないとか。こんなにレコーディングの魔法(ダビングによるインチキとも言う)なしで、ギリギリの演奏できる奴って、いるのかよ?ってな具合。ヴィブラートで弦がフレットを擦る音も、アームダウンでサスティンが変わっていく様もリアルで、「あー、この人はライブの人だなー。」と。
友達のブルース兄の影響で、白人のいわゆる「ホワイト・ブルース」を聴いてなかったもんで、えらく損した気になりやした。今だにブルース好きを自称する人に「スティーヴィー好きです」って言うと、ははん、てな顔をする人がいますがね。ありゃぁ、聴いてないだけでやんしょう。なんか、大事なものを削りながら演奏しているように聴こえるライブアルバムでやんすが、あたくしがスティーヴィーを聴き始めてすぐに、事故で死んじゃってんです。
どうでもいいですが、エリック・クラプトン大好きなんですがね。彼が「神」なんて言われるのは、こういう素晴らしいギタリストがどんどん死んじまって、生き残っちゃっただけなんじゃねぇかな、なんて気もするんです。
トリオで演奏しているスタジオテイクももちろん良いですが、ともあれ、ライブ版を聴いてみてほしいアーティストでやんす。技術とかかる~く超越した、地鳴りのような熱気が伝わるかな、と。
暑苦しいっちゃ、暑苦しいんですけどね。